Kyodo Asian ・ General Manager アジアの虎

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アジアの虎 Asian Tiger
 

アジアの虎へ

心を救った大先輩の一言

私は、海外(アメリカ)に行かせてもらうという約束で協同に入社しました。
当初はアメリカ勤務を希望だったのですが、当時専務だった現斉藤浩史社長から、「まずは協同の主力工場である台湾で頑張って欲しい」との事で、協同本社で3ヶ月間の研修期間を経て台湾へ渡りました。

今でも、アメリカに行かせてもらう約束はどうなったのだろうかと、ふと思う事もありますが。。。
研修の3ヶ月間は、納品不良対応でお客様の工場へ伺って、製品の選別や手直しを作業を手伝う日々が続きました。
明るい希望を持って入社した会社がお客様から厳しく叱咤される辛さと、これから勤務する台湾工場の品質の不安さに、少なからず気持ちが落ち込み、正直、失望感を抱いてしまっておりました。

北岡さん

そんな時期、ある朝早く出社すると、大先輩の北岡さんが、長靴を履きバケツを持ってぞうきんを絞り、玄関から各階のトイレまで隅々掃除をしているのを見かけました。
私は咄嗟に「何をしているんですか?」と聞いてみると、こちらに気付いた北岡さんが満面の笑顔で、「朝、会社がきれいだとみんなが気持ちいいじゃない」と答えてくれました。
そのひと言が、モヤモヤしていた私の心に突き刺さりました。
無駄な事なんて1つもない、人を喜ばせる事が自分の喜びに繋がる、仕事もそうであるべきだと思えたのです。
私は咄嗟に「明日から一緒に掃除をさせてもらっていいですか?」とお願いしたところ、「好きにしたらいいじゃない」と北岡さんは優しく許可してくれました。
翌日から台湾へ行くまでの2ヶ月間、毎朝6時から北岡さんと一緒に掃除をして、色々なお話を聞かせてもらいながら、私の心は段々と晴れていき、前向きな気持ちを取り戻していったのを昨日の事の様に覚えています。
北岡さんは、当時で社歴50年、年齢は70歳は超えていたと思います。

11歳で富山からひとり上京し、斉藤林造会長の家に住み込みで働いていた協同の生き字引の様な方です。
北岡さんは昨年定年(?)退社されたとのことですが、元気でいらっしゃることを祈ってます。※ 元気です(総務部)

グローバルの真髄

それから台湾で5年間、タイでの5年間の後、日本の本社に3年間戻り、2018年にタイに再び戻ってから現在に至るのですが、私の仕事に対する考え方のベースとなっているのが台湾での5年間です。
台湾では、最初品質保証部から、その後生産管理部に移り、最終的には開発業務に携わりました。
元々、ゴムや樹脂、金型の知識も無く、PCでの仕事経験もゼロからのスタートでしたので、最初は周りの人から「何もできない人」と受け止められていました。
台湾の人々はとても優しく、コミュニケーションという点では受け入れてもらえたと自負しているものの、一転、ビジネスの世界は厳しく、相手と対等に話ができる様にならないと相手にされないと痛切に感じておりました。

守弘会長からは「とにかく郷に入っては郷に従えだぞ、台湾の人々から学んできなさい」というアドバイスもあり、私はサプライヤーさん、同僚、台湾で関わる全ての人、全ての経験からとにかく学ぶという気持ちで挑みました。
相手がどういう立場の人であれ、自分に持っていないものを持っている人からは「教えてもらう」という気持ちで接する姿勢は、北岡さんからの教えから始まり、台湾での経験を通して、私の「ものごとの向き合い方」に大きな影響を与えてくれてます。
台湾での5年を経て、タイに異動になってからも学ぶ姿勢を忘れず、終業後にタイ人の従業員からタイ語を教えてもらいました。
私の知る範囲でも、現地の言葉が話せなくても仕事で活躍されている日本人の方々は多くいらっしゃいますが、現地の人と共通の言葉で意思疎通できるという事は信頼関係を築くという点においては大きな意義があると考えております。

あなたがやるなら私もやるよ

2018年にタイでKYODO ASIANの立ち上げを任された時、まずタイ国内で刈払機の販路を開拓する事が最優先の任務でした。それまでは、工場での業務経験がメインでしたので、営業という領域は新しい挑戦でした。
販路拡大に賛同してくれるタイのパートナーを探していく中で、まだ実績の少ない私を信じて「あなたがやるなら私もやるよ」と言ってくれたパートナーが現れました。 コロナ禍により、活動には様々な苦境や支障がありましたが、お互いの約束を忘れず、3年以上経った今では1万台という大きな目標を達成する事ができました。 これは、お互いの信頼関係があったからこそ達成できたと自信を持って言えます。

2回目のタイに来る前の、日本の本社勤務時に、ある台湾の知人から、開発した商品を一緒に販売しないか?との声掛けをもらった事があり、自分なりに市場を調べていくうちに、この商品はきっと売れそうだと感じ、商材として会社に提案してみたところ「いいね、やってみよう!」という事になりました。
この商材を展開していく中で、最初はマーケット=ユーザー(使用者)だと思っていたのですが、実際には、良いものでも高すぎては売れないし、使う人が欲しいものでも決裁者が買ってくれなければ売れない、といったビジネスには多角的な目線が必要だという事に気づかされました。 振り返ってみますと、この時に学んだ視点が、その後のタイでの拡販成功に活かされたのだと思います。

私が思う協同とは、それぞれが得意な分野で自らが判断して結果を残す人たちの集団と言いますか、入社した時から、社員の皆さんがそれぞれの「顔」で仕事をしているのを見てきましたし、私はそうあるべきではないかと思っています。 属人的が良いとか悪いとかの話でなく、「あの人と仕事したい」とか「あの人だから任せられる」という思いを相手に抱いてもらう事ができる社員たちの集団でありたいと思うのです。
私が思う「いいね、やってみよう!」とは、すぐに行動に移せたり、やりながら考えたり、ダメならやめるという、自主独立の精神を持って、協同というプラットホームに集えている人たちの「掛け声」でありたいと思うのです。
今後の目標としては協同に新たなビジネスの柱を立てたい、その柱に基盤というかレールを敷いていく事が私の役割だと考えてます。
若干、アメリカで働く夢は先延ばしになっておりますが、自分の与えられた領域、ここアジアで活躍し名前が知れ渡り、「アンドウ・ケイタロウ」という「アジアの虎」になってやろうと考えてます。